完全無血(?)の外科手術 その②

実際の手術での止血方法には以下の3種類があります。

1.血管を糸で縛る。
2・血管内皮のコラーゲンを変性させて、シールしてしまう。
3.血管をクリップで留める。

最初に挙げた糸による縫合は原始的ではありますが理にかなった方法で、最も一般的な止血方法です。ただし、一部の犬種では糸に対する異常な免疫反応から、「術後縫合糸肉芽腫」を生じることがあります。
以前は数千件に1件といわれていましたが、最新の研究では、ダックスやチワワには200~100件に1件の割合で発生していると言われています。絹糸が原因のことが多いのですが、中には理論上組織反応の生じないとされるナイロン糸でも発生報告が相次いでいます。これは深刻な問題で、先月日本獣医師会雑誌でも注意喚起を兼ねて大きく取り上げられていましたが、実は臨床家には10年くらいまえから、「好ましくない糸反応」として認識されていました。発生予防策は、”なるべく原因物質、すなわち縫合糸を体内に残さないこと”に尽きます。

縫合糸をできるだけ体内に残さず、なおかつ効果的に止血をする、・・・この問題解決に役立つものが、2番目に挙げた方法。電気メスの持つ凝固機能(=凝固切開、スプレー凝固)に加え前述のシーリングシステムを効果的に使う事で、縫合糸肉芽腫の心配をすることなく出血を抑制できます。

また、絶対に出血させてはいけないとき、あるいは血管のコラーゲン量が少なくてシーリング状態に不安が残る場合には3番目の方法が適用されます。材質はチタン合金もしくは特殊樹脂。ちなみにこの特殊樹脂で出来たクリップは約180日で体内で吸収されて消失します。もちろん金属アレルギー体質にも適用可。最新の機器だけに信頼性が高いのですが、ハイコスト(1玉=数千円!)という難点があります。事実外科に傾倒しているマニアックな先生が持っているくらいで、獣医療にはあまり普及していません(個人的にはこの方法が好きですが・・・)。

ところで「術後縫合糸肉芽腫」はヒトの世界ではほとんど問題になることは無いようで、発生も極めて少ないとか。業者によれば、絹糸も帝王切開時の縫合等に普通に使われているようです。逆に考えれば、犬では免疫機能に異常を有する個体が、ヒトよりもずっと高い割合で存在するということかも知れません。とくに従来Mダックスの特定の血統に多発することが知られており、乱交配が危険性を高めるとも言われています。

ちなみに脅かすわけじゃありませんが、Mダックスやチワワ、柴犬、シュナウザーは好発犬種です。いずれも現在国内で非常に人気の高い犬種だけに数も多く、私自身手術に際しては細心の注意で臨んでいます。