12月 6日(晴)          

今日は神経病の学術講習会に行きました。神経病といっても範囲が広いのですが、今日のテーマはずばり「てんかん発作の全て・てんかんを極める」です。講師はそのスジの世界的権威デニス・オブライアン(米国ミズーリ州立大学教授)。数年前にもこの先生の講演を聴いた事がありましたが、この数年でだいぶてんかんの仕組みがわかってきたようですが、それにはMRIのような先進的な医療技術がそのけん引役を為したようです。

その一方で、治療薬そのものには大きな変化はありません。ただ、何種類かの新薬は頑固な特発性(=原因不明)てんかん発作にかなり有望といわれ、やがて国内でも発売の見通しとか。

そうはいってもこの新薬、コストがネックとなってはたして普及するか疑問視する向きもかなり多いみたい。ちなみに米国では1カ月の薬代が約30万円という価格になる見通し。さすがにこのところの金融危機もあってか、高価な新薬の普及にはデニス・オブライアン先生といえども極めて懐疑的でした。

ところで最近学会に行くとシラバス巻末に優良情報サイトが掲載されています。これは私たち獣医師が飼い主さんからインターネット上の情報サイトの相談をされた際に「信用できる医療情報サイトはここですよ!」と示せるように用意されたもの。

米国では、近年飼い主さんが誤った情報をインターネットで得て、大学病院等とトラブルになることが多く、その対策として優良医療情報の提供サイトを有識者(各科の権威)が選定、飼い主さん側に示すということが広がりつつあるという。
逆に考えれば、いかに多くの誤った情報がネット上に氾濫しているか、ということにもなります。

日本でもこのようなことがないように、米国人講師は親切心をこめて学会時には紹介してくれるというワケ。今のところ英語サイトしかありませんが、必要な方には当院でもいつでも提供します。くれぐれも誤った情報に振り回されないで下さい。

11月 ×日(晴)          

トラちゃんの入院 その②

トラちゃんはスタッフ総出の看護のかいあって、なんとか回復してくれました。しばらく絶飲絶食の状態であったため、ほかの入院患者の食事を横目で見ながらおとなしく点滴の毎日。そして流動食の期間を経て、本日メデたく退院なのだ。

それにしても、トラちゃんのケースは2つの意味で驚かされました。ひとつは今さらながら感じる抗菌剤の威力。手術中徹底的に腹腔内洗浄を行なったとはいえ、雑菌だらけのお腹を完全にクリーンな状態に戻す事に成功したという事実。いうなれば、これは抗菌剤の圧勝。
そしてもうひとつは、腹膜炎を患っていても、とりあえず元気に振舞っているワンコがいる事実。衝撃的でした。少なくとも私なら七転八倒で気絶しているかもしれません。

11月 ×日(晴)          

トラちゃんの入院 その①

秋の行楽シーズンを向かえ、ワンコとともに紅葉を楽しむ方も増えています。そんななか、観光中に突然の食欲不振を訴えたワンコ、バーニーズのトラちゃん(29kg、♂、11ケ月月齢)がやってきた。

若い女の人が大好きみたいで、来院した際には病院のスタッフに喜んで飛びついて腰を振っていました。(*^_^*)
ホントに病気なのかな、と思いつつも触診では明らかな腹部圧痛を認めたので、念のためレントゲン撮影をしてみたら、お腹に極少量の液体が溜まっています!いけませんね、これは。念には念を入れて、エコーをかけてみても、やっぱり極少量の液体が溜まっています。やばいなこりゃ、腹膜炎です。年齢的にガン性腹膜炎は考えにくいので細菌性腹膜炎と仮診断を下し、緊急手術に入りました。

レーザーメスで止血しつつ慎重にお腹を開けてみたら、マスクをしているのにもかかわらず、ものすごい腐敗臭!スタッフ全員思わず瞬間的に仰け反りました。やっぱり典型的な細菌性腹膜炎でした。お腹の中を精査したところ、なんと幽門から十二指腸に移行するまさにその部位に直径2mm大の穴が開いていました。ここから腸管内容物と胆汁が漏れて腹膜炎を生じたようです。この穴を見つけてほっとしました。この部位を適切に処置すれば救命の可能性がグンと高まる!

ところでなぜ、こんなところに穴が開いたんだろう?患部に潰瘍は無いし異物も認めない、ただ、以前から異物摂取の悪癖はあったようで、術後飼い主さんとお話した際は、こちらの説明にいちいち納得されていたので、きっと思うところがあったのでしょう。

10月 ×日(曇)          

今日はミニチュアダックスのヒメちゃん(7歳)がやってきた。飼い主さんいわく、「数日間下痢をわずらっていたが元気もあり食欲もあったので様子をみていたら、なんと今朝赤い塊がお尻からぶら下がっている」とのこと。かなり焦っている感じです。

さっそくお尻を確認すると、15cmにわたり直腸が脱出しています。あたかも大きなウインナーをぶら下げている状態。これはいけませんね、直腸脱です。しぶりを伴う頑固な下痢をに対して適切な治療をしなかったために、これに継発したと思われます。

一般に、直腸脱は脱出した粘膜の状態がよければ肛門からの直接的な整復を試みますが、今回すでに腸管は引きずられたことにより広範な出血と壊死を生じ、手術の適用しかありません。

飼い主さんの承諾を得て、急遽手術になりました。ダメージを受けて壊死した組織を除き、止血処置を施しながら同時に新鮮な粘膜同士を腸管に沿って360度緻密に縫合していく・・・私は細かな手作業が好きなのでこの手の手術には絶対の自信がありますが、やっぱりワンコはかわいそう。
みなさん、下痢や便秘といえども侮る事なかれ、長引けば時には直腸脱になることがありますから。

6月 ×日(曇)          

軽井沢もだいぶ暖かくなって、野鳥の事故が増えてきました。例年6月下旬~8月半ばまでがトラブル多発期間です。そのほとんどはガラス窓に勢いよく激突するケース。不思議に思って個人的にいろいろ調べてみたところ、どうやらカラスに追われてあせって逃げる途中、誤って窓ガラスに衝突するみたい。

ケガの程度は様々ですが、受傷後すみやかに救護されたものはその後の経過もわりとよく、逆にかなり時間を経て保護さらたものは衰弱が激しく救命が困難です。傷ついた野鳥を保護された場合はすみやかに病院を受診されることをおすすめします。

6月 ×日(雨)          

今日はフレンチ・ブルのゴロウ君(♂、6才がやってきた。1カ月前くらいから左眼が赤く充血しており、ちかくのお医者さんで角膜炎との診断を得て点眼を続けるものの、最近は角膜全体が白く濁って3日前からは痛みも出てきて心配とのこと。やんちゃなゴロウ君、今まで眼を散々いじられているためか検査を嫌がってしまい、なかなか検眼させてくれません。そこで飼い主さんの承諾を得て、点眼麻酔に加えて鎮静処置を実施、拡大鏡でつぶさに角膜表面を観察すると、なんと角膜上皮(約0・05~0.1mm)が所々千切れてルーズに剥がれかかっており、その下の角膜実質(約0・4mm)にほとんど付着していません。

いけませんね、典型的な”ボクサー潰瘍”です。これはボクサーやフレンチブルなどのブルドック系犬種に多く発生するといわれるいまだ原因不明の疾患、別名”難治性無痛性潰瘍”のこと。

改めて準備しなおした上で、セオリー通りの外科治療を施しましたが、言うまでもなく今後も通院加療が必要です。また両眼に発生することも多いので、これまで以上に右目にも注意をはらわねばなりません。がんばれ、ゴロウ君!

ところでこの疾患は”難治性無痛性潰瘍”と呼ばれているにもかかわらず、痛みを認めるケースも少なくありません。ただ、症状からみてもっと強い痛みがあっても不思議はないので、なぜ痛みが軽いのかははっきりわかっていません。ただ、中年以降に発症する事が多いので、中年以降は痛みに鈍感になるとか、慢性化すると痛みが急性期よりも軽減すると言われています。

6月 ×日(曇)          

朝から続けて2頭、異物摂取で腹膜炎の一歩手前のわんこがやってきた。最初のワンコは球状のプラスチック樹脂性異物が十二指腸下部にて閉塞を起こし、次のワンコはサランラップがヒモ上に撚れて糸状異物になって空腸がアコーデオンのヒダ状に変位。やばいな、こりゃ。状況が状況だけに2頭とも早々に手術になりましたが、この手の手術がいちばんキツイ。

避妊や去勢のように全身状態が良好でなおかつ完全に手術手技が定まっていれば安全性も高く安心できますが、一方今回のようなケースでは、事前のレントゲン検査などで一応お腹の中の状態は分かっていても、予想外の事態(=穿孔による腹膜炎や捻転・重積の併発)が発生している事があります。それでも獣医師である以上、「予想外の事態」にも「想定の範囲内」として対応せねばならず、麻酔の導入から手術終了に至るまで一秒たりとも気が抜けません。特に消化管の縫合はわずかな漏れも許されませんから、仕事の後は精魂尽き果てるといった感じになります。(>_<) ところでそれなりの注意と時間を要する消化管の縫合を一瞬(わずか1秒!)にしておこなう医療器具があります。一般に”ステプラー”と呼ばれるもので要は”医師向け消化管専用ホチキス”です。モノがモノだけに本体もタマも非常に高額。もちろんヒト用でツールマニアの私も2種類持っていますが、なにせ大きい、大きすぎなんです。大型犬にはなんとか使用できても、中型犬・小型犬にはまず大きすぎて使用不可能。 だれか小型犬にも使えるようなモノを開発してくれないかなア・・・。そうなれば消化器外科が少しはラクになるんだけど・・・。

6月 ×日(晴)          

獣医眼科学講義の2日目。
講義の内容もさることながら、質疑応答の時間が大変面白い。いわゆる「裏ワザ・裏話」がわんさか出てくるのである。

眼科に限らず現在診療で用いられる医薬品はそのほとんどが基本的に定められたガイドラインにしたがって適正使用されます。いわゆるエビデンス(=医学的根拠)に基づく使用です。
その一方で、適用外使用されるものもわずか存在しており、本来の使用方法を医師の裁量で変更して処方されます。

このような場合はもちろん飼い主さんの十分な了解なり合意を得た上での投薬になりますが、内容が内容だけに学術論文やテキストに載ることはまずありません。ところがこの手の処方が非常に効果をあげたとなると、学会や講習会の中で誰言うともなく「内輪の話・ここだけの話」として話題になるのです。

この「適用外使用」、ちょっとイリーガルな響きからとにかくネガティブにとらえられがちですが、薬剤の化学構造や性質を考えると医学的に理にかなっているものが多く、けっしてバクチではありません。個人的には「示唆に富む内容も多く無視できない」と感じています。

ところでこの適用外の使用に際しては、やはりというか当然と考えるべきか民族性が顕著に現れるようで、その頻度から欧州>米国>日本の順になるという。日本人獣医師はヨーロッパ各国の獣医師に比べるとかなり慎重とか。治療の難しい疾患に対し積極的にトライしてなんとか治してあげたいと思う一方で、今の世の中リスクの高い医療行為には手を出しにくい・・・そんな複雑な本音が透けて見えた気がしました。

6月 ×日(曇)          

獣医眼科学の世界的権威、Drウィルキー(オハイオ州立大学)の講演を聴きに行ってきました。2日間連続の講演なので、会場のすぐ隣の京王プラザホテルに宿泊。期待通りの、それも非常に濃い内容だけに講演1日目が終った段階で、すでに結構疲れました。でも明日は明日でさらに濃密な講義になるでしょうから、できるだけ体力を回復せねば・・・。

というわけで、夕食は知る人ぞ知る中目黒のジンギスカン料理の名店「鉄玄 滋養堂」へGO!仕事に拘束されて、あまり病院から遠くに離れることができないので、外でジンギスカンを食べるなんて、ホント何年ぶりだろうか、15年ぶり?・・・感激!!!。

4月 ×日(晴)          

今日は日本小動物がんセンター病院のセンター長である小林先生の講演を聴講するため、新宿まで行ってきました。小林先生といえばオンコロジー(獣医腫瘍学)の米国専門医、先生いわく近年の統計では犬猫ともに死因のトップはガンであり、特に犬の場合その半数近く(=47%)をガン関連死が占めるという。ちなみに猫では32%に達するとか。
いずれにせよ、ガン治療は私たちのような臨床家にとっては今後ますます避けて通ることのできない深刻な問題。

ところで私たちが汎用する抗がん剤の一種に、サイクロフォスファミドというお薬があります。臨床の現場で絶大な信頼を得ているお薬ですが、このお薬の前駆物質メクロレミタン(現在発売中止)開発には歴史があり、元来化学兵器として有名なマスタードガスから化学的に誘導されたもの(薬理学的にはナイトロジェンマスタードという一群に分類されます)。‘毒をもって毒を制する‘という化学療法剤の作用機序を見事なまでに体現しています。
毒と薬は紙一重なんですね。