11月 ×日(晴)          

獣医師という職業柄、全ての動物の全ての生理機能について詳しいと思われているようで、先日もいきなり「タカやワシなどの千里眼ってどの位の視力なんですか?」と訊かれました。今までは「私はワシやタカの視力検査はしたことがないので正確なところはわかりません」と答えていましたが、いろいろ調べてみると異論はあるものの猛禽類の視力は一応7.0~8.0くらいらしい。ちなみに私の視力は裸眼で左右共に0.7、眼鏡で矯正して1.5です。

ところで先般日本が打ち上げた軍事偵察衛星は視力に換算すると140くらいに相当するそうです。またグーグルマップで使用している商業衛生もこれと同等もしくは少し上とか。目安としては地上1mのものが判別出来るレベルです。

さすが”機械の眼”はすごいな~と感心していたら、米国の軍事偵察衛星は視力換算で720~740はあるという。ここまでいくと地上10cmの物体を明確に認識できるそうです。北朝鮮の行動が米国に筒抜けなのもうなづける・・・。

なお、妻の知人に裸眼で視力3.0という偉人がおり、特技はかなり離れた場所からもタクシーの存在を認識して、誰よりも早くタクシーをキャッチ出来ることとか。

10月 26日(曇)          

今日は吸入麻酔の誕生日。今から160年ほど昔の1846年10月26日、人類史上初の吸入麻酔薬による手術がマサチューセッツ総合病院にて行なわれました。このときの麻酔担当医は有能な歯科医にして有名な詐欺師とうたわれたDr.モートン。これ以降人類は手術時の無用な痛みから解放されたわけですが、それ以前の手術は無麻酔で患者を押さえつけてやっていたとか。怖い話しですね。手術の痛みに耐える自信がなくて、手術を前に自殺に走る人も多かったようです。吸入麻酔の発明は人類にとって、動物にとってまさに福音。

ところで当時の吸入麻酔薬といば気化したエチルエーテル。あの吐き気のする不快臭、どう考えてもカラダにいいとは思えない・・・。でも当時の最先端がエチルエーテル。もっともこれ以前に笑気を試みた人もいたようですが(1800年頃)、医学とは関係なくトリップ目的でいかがわしい人種がワインパーティーなどで乱用していたとか。

ちなみに現在の吸入麻酔薬の主役はヒトではセボフルレン、獣医科領域ではイソフルレン(=フォーレン、国内)もしくはデスフルラン(海外、国内未発売)であり、当然エーテルは用いられていません。でも笑気は現在でも重宝されています。吸入麻酔の歴史は160年そこそこですが、人類と笑気の付き合いは200年になるそうです。

10月 ×日(曇)          

米国が世界トップレベルの獣医療を擁する国である事は広く知られていますが、そのお隣カナダもかなりの獣医療先進国らしい。MRIやエックス線CTを日常的な診療に加えている動物病院もかなり多いとのこと。

その一方で、人間の方は基本的に医療費は無料のため(2つの州を除く)多くの患者さんが医療機関に殺到し、肝心の人でMRIやCTを用いた診断が3ヵ月待ちは当たり前とか。驚くべきことに、動物のほうがはるかにスムースに診断が進むという異常事態。

ところでこのような状況下では、カナダ在住のVIPは自国の医療機関を頼りにせず、お隣の米国に行ってしまうことが常態化しており、その行き先は世界屈指の超有名クリニック、メイヨークリニックに集中するんだそうです。そういえば、メイヨーの名を冠した外科器具がいくつかありますが、ここが発端なのだ。

ここメイヨークリニックは私立にもかかわらず生体肝移植の手術症例数世界一を誇る移植医療・再生医療のメッカであり、アラブの王族をはじめとする世界中からの超VIPを受け入れるための病院です。エントランスはかなり広く複数のリムジンが同時に乗り入れられる構造で、ドアマンも常駐、院内にマリオット・ホテルを併設するという豪華ぶり。病室にはコンシェルジュがつくんだそうです。すごい世界があったものです。

10月 ×日(曇)          

当世動物病院事情③

最近ようやく獣医療界でも認知されつつあるセカンドオピニオン。納得のいく治療なり方法なりを求めて、あるいは飼い主さん自身がその病気に対する理解を深め今後の参考とする意味では、大変いいことだと思っています。ただ、悲しいことに、一部にはその意義を十分理解しないままに、次々と病院を渡り歩く飼い主さんがいます。これではドクターショッピングとなんらかわりがありません。信頼できるドクターを中心によりよい治療の可能性を探る、これが基本ですね。

9月 ×日(霧)          

当世動物病院事情②

私が”開業医の心がけ”として普段から留意していることが2つあります。ひとつは常にベストを尽くす事、もうひとつは自分の手に負えない疾患はすみやかに二次診療機関(大学病院もしくは専門医)を紹介する事。たとえば、全身症状の認められるリュウマチや放射線照射療法の適用となる腫瘍性疾患などは後者の典型例です。

ただ、最近耳にしたことですが、特に長野県内の動物病院では大学と交流が全くなかったり学会と疎遠であるがゆえに、いざという時大学病院や専門医をすみやかに紹介出来ない動物病院も多いようです。

もちろん東大以外は紹介状がなくても外来を受付けてくれますが、その場合はふた月くらいは待たされる事があります。ここで紹介状があればもう少し事態は改善されます。それでも最近は1カ月待ちはザラとのお話。これでは急を要する場合は意味がありません。

こんな時最も良い方法は、大学病院で上級医として働いている懇意のドクターを頼ることです。事前の電話予約で通常1週間以内、遅くとも10日以内には専門医による診察が可能になります。要はネットワークを活用し先方を拝みたおした上で強引に時間をつくってもらうわけですが、大切なクライアントのため、かわいいワンコのためなら、私は結構図々しくなれる性格かもしれない・・・元来ワタシは万事控え目な性格ですが・・・。(*^_^*)

9月 ×日(晴)          

当世動物病院事情①

動物の高齢化にともなって、最近は悪性腫瘍を患うケースが増えています。ひと言で悪性腫瘍(=ガン)といっても、ごく初期のものからはじまって、末期の癌性腹膜炎までその症状はさまざま。もちろん末期的な状態でようやく来院した場合には、こちらとしてもオピオイドで痛みをのぞくとか腹水を抜くくらいの対症療法しか打つべき手がないのが現実。

その一方で、「外科手術」もしくは「外科手術+化学療法」によってわりと良好な予後を期待できるケースもあり、この場合当然ながら獣医師として手術なり化学療法(=抗がん剤投与)なりに力点をおいて説明することになります。

大半の飼い主さんはこれらの内容に一定の理解を示し現実的な対処を希望しますが、なぜか一部の飼い主さんの中には、「手術は痛くてかわいそう」とか「抗がん剤の適用は副作用が怖い」、はては「この子はナイーブで入院なんてとても出来ない」といった合理性を欠く理由で、その先の一歩を踏み出せない方がいます。

もちろん最終的な決定は飼い主さんによってなされるべきであり、熟慮の末に判断するという態度そのものに私は何の異論もありませんが、本当に「手術は痛くてかわいそう」なのでしょうか?「抗がん剤の適用は副作用が怖い」のでしょうか?「命にかかわる病気なのに入院ができない」なんてことがあるのでしょうか?

獣医師の立場で言わせてもらえば「術前・術中・術後を通し鎮痛薬の使用が広く普及した現代、動物が痛みで七転八倒することはありません」し、また先入観にとらわれ過ぎて抗がん剤の適切な使用を必要以上に怖がり、その結果治療の機会を逸してしまいかねません。まして「入院出来ない」とか「自宅療法に限定したい」なんて、どう善意に解釈しても自己都合としか思えない。それこそ本当に”動物がかわいそう・・・”。助かる命も助かりません。

いざという時、現実を見据えて愛する動物のために冷静な判断を下せる飼い主であってほしい、・・・一獣医師としての切なる願いです。

9月 ×日(曇)          

とうとうPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)を応用した感染症の診断技術vが獣医療界にも導入されました。これを利用する事で、例えば消化器症状を呈している犬に対して、パルボウイルスワクチンによる抗体上昇なのか、パルボの野外株による本当の意味での感染なのか、はたまた今まで診断の難しかった血液に住む原虫のDNAを血液中から高感度に増幅して検出、確定診断を下す、といったことが容易になります。
このPCRはひとりの米国人天才化学者マリス博士によって80年代に開発され、93年のノーベル医学生理学賞の栄誉に輝いた革命的なもの。

現在マリス博士は分子生物学の世界では20世紀最大の功労者といわれていますが、かなりの変人としても有名。プロ顔負けの伝説のサーファーにして若い頃はLSDによるトリップの熱烈なファン、ノーベル賞を受賞したPCRもなんと恋人とのドライブ中にそのアイデアがひらめいたとか。しかもストックホルムでの受賞式には妻と愛人(恋人?)も駆けつけたツワモノ。これぞMad scientist!
やるなあ、マリス博士。

9月 6,7日(嵐)          

台風の直撃を受けて軽井沢町は大混乱。幸い6日は休診日だったので外来診療はなく入院動物の治療だけです。台風情報を確認しつつも夜11時頃まで調べものをしていると、突然停電!!一瞬暗闇になりましたが、2階の自宅はともかく1階の病院エリアは自動的にバックアップ電源から電力供給を受けて照明や最小限の機器は作動できる状態に移行。当初はすぐに復旧するだろうとタカをくくっていましたが一向に回復の兆し無し。その後も雨風はひどくなるばかり。バックアップ電源も復旧を待てず5時間で切れてしまいました・・・。(@_@;) 参ったなこりゃ。

結局翌7日午前10時半まで、約11時間前後の空白を経てようやく回復しましたが、その間電話も通じず本当に参りました。それでも当院はまだ早く復旧したようで、場所によっては36時間という長期にわたって停電状態が続いたところもあるみたい。台風の影響を受けての停電ですから天災といえば天災ですが、その後のあまりにも緩慢な対応と復旧の遅れは、もう人災と言えなくもないレベルです。電気のありがたさを心から実感するも、ここは中部電力に一言言いたい気分なのだ。(+_+)

8月 ×日(晴)          

みなさん、「NT-proBNP」ってご存知ですか?訳すと”脳性ナトリウム利尿ペプチド”という心室由来のホルモン様物質であり、血液中のこれを調べる事でごく初期の心不全を見つけることが出来ます。なぜ脳性というかといえば、1988年世界で最初に見つかった場所が豚の脳であったことに由来しており、しかもその当時はこれが心臓由来であることは誰にも分からなかったため。今まで欧米を中心に獣医師向けの文献などで注目されていましたが、とうとうこの検査が国内でワンコでも可能になりました。

従来心機能の検査といえば聴診に加えレントゲンやエコー、ECG、ホルターといったところが一般的でしたが、この検査の優れている点は、患者への負担が少ない上に末梢の血液検査で心不全の程度をかなり初期の段階から正確に予測できることです。今後中年~高齢犬の健康診断(スクリーニング検査)として普及していくものと思われます。
ちなみに当院での検査第一号は看板犬のりーちゃんでした。

7月 ×日(雨)          

ダイナースカードの会報誌SIGNATUREにいつも私が楽しみにしているコラムがあります。このコラム、福岡伸一氏が人体の不思議、生物の多様性を独自の視点から解説していますが、これが極めて知的でためになる内容。それだけに、読者の限られる雑誌のコラムにしておくには本当にもったいないなあ、と常日頃思っていたところ、最近これが本になりました。その名も「生物と無生物のあいだ」。
題名がちょっとカタイのですが、内容は高度な分子生物学の知見を極上のミステリー仕立てとさわやかな筆致で描写。興味のある方には、おそらく分子生物学の知識がなくても楽しく読めるはず。きっと今年のベストセラーになることでしょう。オススメの一冊です。