7月 ×日(晴)          

急性胃拡張・捻転症候群 その②

さて、徹夜明けでも通常通り仕事です。外来診療に加えて現在入院中の動物の継続治療もあり、なんだかんだ朝から忙しい。それでもなんとか12時までには手術の準備も整いました。

問題は、これからどうやって手術台に載せるか?当院の手術台は特殊な構造の特注品で既製品よりもだいぶ下がるのですが、それでも最低40cmは持ち上げなくては載せられません。結局人力に頼るしかないので、大きめのスポーツタオルで体幹を支えつつスタッフ4人がかりで台にのせ、なんとか手術にこぎつけました。たまたま来た出入りの機械屋に話したら、人間用の担架が余ってるから、そのうちお持ちしますとのとこ。今日欲しかった・・・。

台に載せるまではてこずったものの手術そのものは順調に進み、予定の約90分で終了。想定外のことといえば脾臓の一部に捻転が認められたことくらい。手術も成功、あとは術後管理を慎重に行なうのみ。術後に心房細動や心室性不整脈でコロっといくことがありますから油断できませんが、回復まであと一息です。

7月 ×日(晴)          

急性胃拡張・捻転症候群 その①

夜グレートデンの飼い主さんから電話がありました。夜といっても午前の1時、しかも連夜の緊急で私自身がドロドロに疲れきっており体調も万全でないので、もしも当院のかかりつけでなければお断りするつもりでしたが、いつも診ているワンコなので、ここは責任をもって対応しないわけにはいきません。

飼い主さんの電話口での主訴によれば、どうやら急性胃拡張・捻転症候群(GDV)とみてほぼ間違いなさそう。実際診察してみると、予想通り典型的なGDV。しかも80kgの巨体。まいったな、こりゃ。明らかにボクより大きいじゃないか!なんとか診察室までは飼い主さんの協力もあって運んでみたものの、処置室まで運べないので、手術以外の処置はすべて診察室で行なう事にしました。

さっそく診察室内で胃に経口カテーテルを通してガスや胃内容物を除きましたが、それでも減圧が不十分なので、脇腹から直接胃に太い針(トウカン針)を一気に穿刺、ピューピューと音を立てて胃内のガスが勢いよく抜け、ようやく容態が安定しました。以降当初見られた呼吸抑制や異常な心電図(心室性不整脈や心房細動)も消失、まずは手術に耐えられるまでに回復させることに成功!でもこれで終わりじゃありません。前半戦なんとか持ちこたえたに過ぎず、これからの後半戦がすべてなのだ。時計を見たら午前5時を回って、夜が明けていた。夏の夜更けは早いなあ!

7月 ×日(霧)          

久しぶりに都内(品川区)で開業する友人から電話。
古くなってきた病院を機能性を重視した病院へと大々的に改築したので、ぜひ遊びにきて見てチョウダイ~、みたいな景気のいい話。

彼とは獣医師国家試験の前日、早稲田のホテルで同室だったこともあって、お互いに予想問題を20問ずつ出し合って最終確認をしたことを昨日のように鮮明に思い出します。なぜならこのときチェックした合計40項目がほとんど試験にからんできたのです。ヤマを張る気はさらさら無かったけど、こんなこともあるんですね。

ちなみに当時の試験はたしか臨床系100問、基礎系100問、実習40問で280点満点、いずれも5択マークシート形式。翌日研究室に顔を出すと、彼も僕も「えらく簡単な問題でした。どう転んでも合格です!」と教授に報告しましたが、いまにして思えば、ホントに生意気な学生だったなあと思います。

というわけで、彼とは長~い付き合いです。夏は忙しいので秋には行けるかな?楽しみです。

7月 ×日(霧)          

昨夜23時から今朝1時にかけて、夜間救急が2件ありました。夜間の救急は最近は犬が多いのですが、なぜか今回は2件とも猫でした。

最初の仔猫は落下事故。心配された骨折は無かったのですが、頭部打撲直後から嘔吐が止まらないとの主訴。脳圧の上昇が疑われ即入院加療となりました。幸い治療が功を奏して朝の6時頃までにはだいぶ落ち着きました。とりあえず一安心。

次の症例は重度の腎不全。近くの病院に通院していたものの、最終的に風邪をこじらせてしまったらしい。ほぼ4日間水も取れず、食事も取れない状況から、脱水→循環不全→腎不全。電解質もメタメタだけど、なんとか、なんとか、助けてあげたい!絶対助けてあげたい!

6月 ×日(雨)          

お昼のニュースでマイケル・ジャクソン死亡の件を報道していました。なつかしい名前です。彼の全盛期、私はまだ大学在学中でした。個人的にはあまり好きではなかったのですが、アルバム「スリラー」は確かに魅力的でした。なんたってエディ・バン・ヘイレンをギタリストに迎えての録音ですからね。派手なパフォーマンスは時代を象徴するものでした。それにしても50歳の若さでの死は早すぎます。ちなみに死因は心不全とか。

その後の報道によれば、なんと彼にはプロポフォール(人の手術室ではもちろん、獣医科領域でもケタミンと並んで汎用される麻酔薬)の常用癖があったらしい。

怖いですね、プロポフォール。呼吸抑制が強すぎます。これは本来静脈注射で用いられる超短時間の麻酔導入剤ですから、安全に使うためには基本的に気管挿管が必要。でも静脈投与によって数秒で意識を失いますから、こんなんで本当に気持ちよくなるんだろうか?大いに疑問?

と思っていたら、先日読んだ「院内特殊部隊 麻酔科」という現役麻酔科医のエッセイに、プロポフォールを好きになっちゃった子供の話が出ていました。この薬、薬理学のテキストには習慣性や依存性は最小限と記載されているけど、やっぱり中枢神経系に作用するものだけに、いろいろな作用があるみたい。

6月 ×日(曇)          

お昼すぎにランちゃん(G.シェパード、♀)の往診に行ってきました。ランちゃんワクチン接種なので今日も元気そのもの、庭先でゴキゲンよろしく遊んでいましたが、なんと隣には同じくらいの大きさでゴロっと横たわっている巨体が!

よくよく近寄ってみると、ミニブタ(=華ちゃん、♀)でした。これが実に可愛い顔をしているのです。ああ、ブタをみるのは久しぶりだなあ、大学以来かもしれない・・・、などと感慨にふけっていると、妙に懐かしさがこみ上げて来た。

私の母校では内科学講座が専攻内容で3つ(内科Ⅰ・内科Ⅱ・内科Ⅲ)に分かれていましたが、内科第1はブタさん専門。当時ブタの内科実習を仕切っていたのは名物先生のM助教授。通称トニーちゃん。なぜか本名の「M先生!」と呼ばれる事をよしとせず、常に学生に対して「俺のことはトニーと呼んでくれ!」と言い続け、結局通称のほうが定着した次第。常にダブルのスーツに身をつつみ、愛用のサングラスに幌つきのジープで通勤、一歩間違えるとその筋の人かと見間違えるほどの堂々たる体格。よく言えばショーン・コネリー、悪く言えば金正日の元料理人藤本某(=最近吉本の芸人になった)といった風貌。

トニ-先生は通常の医療技術に加えて、色々とマニアックな技術を誇っていたので、大変人気がありました。例えば子豚の採血。通常の静脈からの採血方法に加え、目の網膜の静脈からの採血。また、暴れるブタに対して、薬剤は使用せずマッサージだけで鎮静効果を得る方法などなど。
これは反響が大きく、なぜか当時のTV局の知るところとなり、渡辺徹が司会をつとめる人気動物番組で紹介され、実際に「ブタに催眠術をかける」ということで出演されていました。

トニー先生、TVに出演した事もあって学内ではやや異端視されていたようですが、今にして思えば、とかく犬や猫の臨床に向かいがちな学生の目を、ブタの臨床に向けさせる為の効果はあったのかな~、などと想像しています。なにせ楽しい授業でした。

6月 ×日(雨)          

最新の研究報告(日獣大・竹村先生)によれば、犬はブドウもしくはレーズンの摂取で急性腎不全を発症する事が判明したもよう。ブドウにふくまれるどんな物質が原因なのかは今だ検証段階にあり、詳細はまったく不明です。

体重1kgあたりレーズン換算で3.1g、ブドウ換算でで19.3gの摂取が発症に至る最小量です。ずいぶん少ない用量でちょっと驚きました。意外です。

6月 ×日(雨)          

完全無血(?)の外科手術 その②

実際の手術での止血方法には以下の3種類があります。

1.血管を糸で縛る。
2・血管内皮のコラーゲンを変性させて、シールしてしまう。
3.血管をクリップで留める。

最初に挙げた糸による縫合は原始的ではありますが理にかなった方法で、最も一般的な止血方法です。ただし、一部の犬種では糸に対する異常な免疫反応から、「術後縫合糸肉芽腫」を生じることがあります。
以前は数千件に1件といわれていましたが、最新の研究では、ダックスやチワワには200~100件に1件の割合で発生していると言われています。絹糸が原因のことが多いのですが、中には理論上組織反応の生じないとされるナイロン糸でも発生報告が相次いでいます。これは深刻な問題で、先月日本獣医師会雑誌でも注意喚起を兼ねて大きく取り上げられていましたが、実は臨床家には10年くらいまえから、「好ましくない糸反応」として認識されていました。発生予防策は、”なるべく原因物質、すなわち縫合糸を体内に残さないこと”に尽きます。

縫合糸をできるだけ体内に残さず、なおかつ効果的に止血をする、・・・この問題解決に役立つものが、2番目に挙げた方法。電気メスの持つ凝固機能(=凝固切開、スプレー凝固)に加え前述のシーリングシステムを効果的に使う事で、縫合糸肉芽腫の心配をすることなく出血を抑制できます。

また、絶対に出血させてはいけないとき、あるいは血管のコラーゲン量が少なくてシーリング状態に不安が残る場合には3番目の方法が適用されます。材質はチタン合金もしくは特殊樹脂。ちなみにこの特殊樹脂で出来たクリップは約180日で体内で吸収されて消失します。もちろん金属アレルギー体質にも適用可。最新の機器だけに信頼性が高いのですが、ハイコスト(1玉=数千円!)という難点があります。事実外科に傾倒しているマニアックな先生が持っているくらいで、獣医療にはあまり普及していません(個人的にはこの方法が好きですが・・・)。

ところで「術後縫合糸肉芽腫」はヒトの世界ではほとんど問題になることは無いようで、発生も極めて少ないとか。業者によれば、絹糸も帝王切開時の縫合等に普通に使われているようです。逆に考えれば、犬では免疫機能に異常を有する個体が、ヒトよりもずっと高い割合で存在するということかも知れません。とくに従来Mダックスの特定の血統に多発することが知られており、乱交配が危険性を高めるとも言われています。

ちなみに脅かすわけじゃありませんが、Mダックスやチワワ、柴犬、シュナウザーは好発犬種です。いずれも現在国内で非常に人気の高い犬種だけに数も多く、私自身手術に際しては細心の注意で臨んでいます。 

5月 ×日(雨)          

完全無血(?)の外科手術 その①

「外科手術」と聞くとまるで血の海のなかで奮闘しているイメージがありますが、じつは術中の出血は非常に少ないのが現実。例えば猫の避妊手術でも実際の出血量は数滴に満たないのです。去勢に至っては事実上出血量はゼロ。なぜか。

その理由は明確で、レーザーメスや電気メスが手術器具として普及したことによります。もちろん従来の鋼製のメスを好む先生もいますし、手術部位によってはレーザーや電気メスが使えないことも多々あります。

ただし、小さな動物では予期せぬ出血が命取りになりかねない事、動物では輸血が容易でない事、輸血による血清肝炎がおこる可能性が高い事、などを考えて、ある程度外科をこなす病院では、まずこれらの機器が導入されています。当院でもレーザーメス、電気メス、超音波メスに加え、ベッセルシーリングシステム(直径7mmまでの動脈・静脈を自動的にシールして止血するスグレモノ)まで導入して、徹底したリスク管理に備えています。ここまで凝ると基本的にヒトの手術室と大差はなくなります。

ところで全身をめぐる血液の総量はどのくらいかご存知ですか?生理学上の有名な法則があって、動物種に関係なく体重の13分の1が総血液量になります。血液の比重を便宜上1とみなすと、例えばトイプードル(2.6kg)の全血量が200cc(コップ一杯!)、1.3kgのチワワに至ってはわずか100cc(コップ半分!)、650kgの乳牛ならば50リットルとなります。

1.3kgのチワワの全血液量がわずか100ccというのは、手術をする獣医師にとって非常にストレスです。全血量が少ないだけに、完全無血の手術手技が求められます。「確実な止血」を行なえないと当然リスクは倍増します。そこで登場するのが前記のレーザーメスや電気メスを組み合わせた最新の医療機器。非常に高額な機器になりますが、それだけに信頼性は高く、ほとんど全ての手術が完全無血(?)の安全な手術が可能となります。

というわけで、実際の手術はほとんど出血することはありません。

5月 ×日(雨 )          

きょうはフェレットのシマジロウがやってきた。7歳になるおじいさんフェレットで、今までは病気らしい病気はしたことがないのですが、最近尿意が近くなってきたな~、と思っていたら、昨夜は一滴もオシッコが出なくなったとのこと。

さっそく腹部を触診すると、ゴルフボール大まで大きくなって硬度を増した膀胱に触れました。やばいな、こりゃ。完全な尿閉です。改めてエコーで再確認したところ、2~3mm大の結石が5つほど確認出来ました。高齢で雄のフェレットは尿石症が多いんです。

すぐに膀胱穿刺(=おなかから直接膀胱に針を刺すこと)を行なって尿を除いたら、今度は麻酔を導入して尿道カテーテルをなんとか通しました。フェレットの尿道は非常に細く、また陰茎骨に阻まれて挿入すること事態が難しいので、テキストによっては「尿道カテーテルの挿入は事実上不可」と記載されていますが、通らなければ緊急にお腹を開けざるを得ないので、きょうは私、意地で通しました。

とりあえず今日のところは症状の安定化をはかれましたが、近日中に手術の予定です。がんばれ、シマジロウ!