1月 ×日(晴)
今日はミニチュアダックスのクレバーちゃん(♀・3歳)が激しい嘔吐を主訴としてやってきた。飼い主さんいわく、「噴射状に戻してしまう!」、とのことで、来院当初は幽門の狭窄か幽門痙攣を想定して手術の準備までしておりましたが、しつこいくらい徹底的に検査をしてみたら、なんとこれが「嘔吐」ではなく「吐出」。
「嘔吐」と「吐出」は一見似ていますが、実はまったく異なる仕組みです。
「吐出」を実際の画像で確認すると、極度の食道拡張があって(巨大食道もしくは食道憩室)、まだ胃に達する前の食事内容が食道にたまっており、これを受動的に吐いている状態。
ただ、ミニチュア・ダックスの巨大食道はじつは重症筋無力症による症状のひとつであることがあり、診断には他の犬種に比べ細心の注意が必要です。
さいわいクレバーちゃんの全身状態は必ずしも緊急を要するほど衰弱していないので、しばらくは定石どおりの「立位の食事」で様子をみることになりますが、ゆくゆくは大学での詳細な検討が必要になるかもしれません。
それにしても、ミニチュア・ダックスは扱いの難しい病気が多いですね。
2010年 1月 ×日(晴)
今年の干支はトラ、さすがに私自身はトラを診療することはありませんが、過去においてトラの診療に携わっていたドクターが2人ほどいます(いずれも大学の先輩)。
ひとりは千葉のマザー牧場近くのお寺で飼われていた、あのトラ騒動(ずいぶん古い話です)のトラを診ていました。そしてもうひとりは、たしか野毛山動物園に関係していた先輩だったと思う。
こちらの先生、もしかしたら相手はトラじゃなくてライオンだったかもしれない。いずれにせよ、先輩がネコ科の大型猛獣にケタミンを注射して(もちろん麻酔銃で!)さまざまな外科処置を施していた記憶があります。
ケタミンは、昨年末某歌手が違法に所持・使用したかどで逮捕されて有名になりましたが、今でも「ネコ科動物の最も信頼のおける不動化薬」といわれるだけあって、よく効くんです。トラやライオンも投与後5分でコロっと寝込んじゃいますからね~。
ところで野毛山動物園といえば、その近くに、あのキタナミシュランで有名な餃子の美味しいお店があるとか。店の主人のキャラクターがとんねるず石橋のキャラを凌駕していただけに、料理もさることながら、あの主人のキャラを求めてぜひ一度行ってみた~~~い!(~o~)
12月 ×日(晴)
今日はトイプードルの仔犬、クララちゃん(6ヵ月齢・♀)がやってきた。最近元気がなくて、今朝は失神したとのこと。ディフェレンタルチアノーゼを示しているため、重篤な心疾患を患っていることは間違いなし。慎重に心エコーで確認すると、どうやらPDA(動脈管開存症)みたい。これは仔犬に多い心臓の奇形です。(>_<)
やばいな、こりゃ。はやく穴をふさがなきゃ体が持ちません。もっとも安全確実な方法は、レントゲン透視下で血管からコイルを入れて穴をふさぐこと。いわゆるインターベンショナルラジオロジーの出番です。
ただここまで行くと、個人開業医のレベルを超えるワザですから、診断は下せても治療は大学病院に依頼せざるを得ません。 年末だけに、大学病院も入院を伴う予約診療には限られた枠しかありませんが、、そこは長~い長~い付き合いです、なんとかかんとか緊急の理由を並べて無理をいって、2日後に外科の予約を取りました。(~o~) 自分でも大学に対して「ワガママ言って悪いな」と自覚をしていますが、少なくとも私を信頼して頼ってくる飼い主さんの希望だけはなにがなんでも応えたいと思うとこうなっちゃうんです。 m(__)m クララちゃんが元気な姿で2010年を迎えられますように!!!
12月 ×日(雨)
早いもので今年も残すところあと半月、あっという間の1年でした。毎年年末になると、今度こそはゆっくり休みたいなあ~、と願うのですが、なぜか毎年12月半ばから30日あたりの後半は重篤な疾患を抱えて病院はてんやわんや。
今年もすでに10日すぎから重症のワンコ、ニャンコがぞくぞくとやってきています。
ここ数日は、拡張型心筋症(=おそらく遺伝性)、尿管結石(猫)、膵炎(=なぜかシェルティーに多い)、急性腎不全(シーズー)、胆嚢粘液のう腫(=オペのタイミングが難しい)、アジソンクリーゼ(=最初の処置を誤ると危ない!)・・・、もうなんでもありといった様相。
忙しい時に限って、対応の難しい疾患ばかりが重なってくるから不思議です。
毎年「今年こそは仕事の緊張から解き放たれて、静かに安らかな気持ちで年末年始を過ごしたい!」と願うけど、この仕事をしているかぎり、そんなワガママは許されないのかなあ。
11月 29日(曇)
今日は大野先生(=東大内科准教授)の講演を聴きに、都内まで出かけてきました。大野先生の講演はいつもながら盛況で、人気の理由はなんといっても、最新の知見を踏まえて建前ではなくホンネで講演してくれること。
たとえば従来の学術書などでは慎重を期して
「疾患Aの診断にX線検査はさほど有効でない」と記載されるところ、大野先生の講演では、はっきりと
「疾患AにX線検査はほとんど無意味」、
さらに
「ここはエコー検査が勝負を分ける!」
とまで言い切ってしまう。
ところでホンネを話してくれるという意味では、整形外科で有名な○山先生も人気があります。○山先生はあくまで個人的な質問に答える形でしか教えてくれませんが、親しくなると、さまざまな手の内を披露してくれます。桁違いの臨床経験に裏打ちされているだけに、その内容がためになります。
たとえば、ある手術に際し、
「神経Aと神経Bは命がけで保護しなればならない。傷つけると術後重い後遺症が残るから。」
「神経Cと神経Dは出来るだけ保護すべき、ただし、もし誤ってダメージを与えても、術後障害を生じる可能性は低いから動揺しないこと。」
「神経Eは保護するに越したことはないが、最悪切れても臨床上障害は生じない。思い切って仙腸関節にスクリューを打ち込むべし!」
といった調子ですべての指示が極めて明快。
単なる医学知識や情報の収集だけならテキストを読めばよく、わざわざ手間暇かけて遠くまで出かける必要はありませんが、このように「生きた知識」を吸収できることこそ、学会参加の醍醐味だと思う。
11月 ×日(曇)
山崎豊子の最新刊「作家の使命、戦後の私」を読んでいたら、かつて愛犬を事故で亡くされたことがエッセーに描かれていました。お話そのものは昭和30年代後半、まだ動物病院が全国的にもかなり少なかったころの出来事です。
動物病院が少ない頃・・・とは言っても、そこは大阪、国内第二の大都市ですから、すでに近隣に動物病院が複数あって、かかりつけの先生はK獣医科病院のK先生だっという。
驚きました。K先生、今ではこの業界で知らない人はいない超有名人ですが、すでにその当時から辣腕をふるわれていたんですね。エッセーそのものはちょっと悲しい話ですが、最後に発せられたK先生の言葉に救われました。私とは親と子ほどの年の差もあってもちろん面識はないけど、さすがK先生だと感心しました。
ところでこのK先生がなかなかのアイデアマンで、自身でさまざまな医療器具を開発して特許も取得されています。私の記憶が正しければ、たしか獣医療発明学会の役員もされていたような気がします。
このような「個性的でユニークな先生は、なぜか関西から西日本にかけて多い。一言で獣医師といっても、結構地域性があるのだ。
11月 ×日(曇)
今日は休診日。休診日とはいえ入院患者がいるときはまず病院を離れられませんが、久しぶりに入院患者がゼロとなりましたので、思いきって有乳湯(=”うちゆ”と読みます)温泉に行きました(^_^)v。
ここは上田市の隣、青木村にある温泉で、開湯の歴史は古く平安時代にまでさかのぼるとか。温泉は2つの源泉からお湯を引いており、湯船と上がり湯で色が異なり、温泉ファンにはうれしいかぎりです。当然加温加水もなく、温度はやや低め。おそらく38度前後といったところでしょうか。
熱い湯が苦手なワタシには丁度よい湯加減。不思議なことに、低温であるにかかわらず、骨髄までじっくり温まります。事実入浴後も半日はポカポカと体が温かい。周りの建物も明治の面影を残して大変風情があり、まさしく私の好きな”古きよき日本”。
お湯を上がったあとは、帰りがてら上田市の「熊人」でラーメンをいただきました\(~o~)/。ここは全国的にも名の知られたラーメン有名店。ただ、場所が非常にわかりにくい。よく商売が成り立つなあ、と思えるほどの辺境の地。でも味がずば抜けてよいだけに、全国からラーメン通や玄人スジが足繁く通うという。
商売は第一に腕、第二に場所とは、昔の商売人はうまいことを言ったものです。
10月 ×日(曇)
今日は日本猫のゴンタ君(♂、9歳)が検診にやってきた。ゴンタ君は現在糖尿病をわずらっており、自宅で飼い主さんに注射をしてもらっています。というわけで、今日はゴンタ君の検診日。
ヒトの糖尿病はいまや国民病といわれるほどメジャーな疾患ですが、一方猫の糖尿病は犬に比べて少ないけど、それでも近年よく診る疾患です。獣医学的には、高齢・雄猫(♂)・肥満が3大発生要因とみなされています。
ところでこの猫の糖尿病は不思議なことに、インシュリンによる治療を開始してから数ヶ月で寛解することがあります。早い話がインシュリン投与が不要になるんです(=猫の一過性糖尿病)。こんなことって、ヒトや犬ではありえない!
なぜ猫でこのようなことが生じるのか、実はよくわかっていません。ただ、このまま治ってしまう猫がいる一方で、数年後に再発する猫もいて、その詳しいメカニズムは現在学会でも諸説入り乱れており、統一した見解はありません。
ネコ科の動物は生理機能がヒトや犬とはかなり異なるので、なにかまだ未知の機序が存在するのでしょう。
10月 ×日(晴)
本日午前は通常の診療をこなし、午後はJAHAの主宰する「神経外科セミナー」に行ってきました。東京会場は高田馬場にある某ビル会議室。講師はコロラド大学のカーティス先生、著名な神経外科の専門医。
講義内容は脊椎や頸部の椎骨に穴を開けたり、骨セメントを使用したり、大きな窓を作ったり、ピンで椎骨同士を連結したり、といった外科分野でもかなりマニアックな内容なので、きっと参加者は少ないだろうと思っていましたが、以外や以外、会場には200人くらいいて、この盛況ぶりには私もちょっとビックリ!神経外科は高度なテクニックを要する難しいものだけに、参加者の旺盛な学習意欲が肌で感じました。有意義な講義内容にホント満足\(~o~)/。
ところで久しぶりに都内に出たので、セミナー終了後は新宿ねぎしで牛タン定食を食べてから、帰路につきました。すこし遅い夕食になったけど、おいしい食事にこれまた満足 \(~o~)/。
クタクタになって帰ってきたら、このような日に限って夜間の急患2件。仲間内ではよく言われていることだけど、つくづく獣医師は肉体労働者だと思う。
10月 ×日(雨)
見た目がすべて・・・番外編
見た目がすべて・・・とまではいかなくても、見た目でかなり判断できる検査があります。超音波エコーによる診断です。
ヒトの場合は超音波エコーによる検査・診断の歴史が長く、十分な臨床データの蓄積と豊富な経験則から、肝臓の病変などは専門医では、エコー上での観察だけでかなりの精度で腫瘍のタイプまで判別できるという話です。
一方獣医学の分野では、エコーが普及してまだ20年くらいなのでデータの蓄積量が十分でなく、残念ながら、まだまだ見た目がすべて・・・とまではいきません。(もちろん、見た目で即診断が下るものもありますが)。
そこで汎用されるのが、「超音波ガイド下バイオプシー」という技術。はやい話が、エコーのディスプレイ上で特定の臓器や病変を確認しつつ、同時に針を刺してその組織を採取して病理診断にまわすという方法。
イメージとしては、イラク戦争における米軍のピンポイント爆撃に近いものがあります。エコーで目標を定め、キーボードにあるバイオプシーのボタンを押すと、ディスプレイ上に捕らえた目標に向かって目標までの誘導ラインが現れます。
目標までの深度と距離を確認したうえで、今度は定められた角度で体の中心に向かって慎重に針を刺して行く。太い血管や門脈などに当りそうなときは、改めて針を入れる部位を少しずらして出血を回避。最終的に目標に達したら、バイオプシー機器のボタンを素早く押す。これで完了。これを考えた人はほんとうにアタマがいいと思う。
最近は学会などで画像診断といえばCTやMRIばかりですが、個人的には超音波エコーによる検査好きです。エックス線のように被爆を心配することなく、何度でも確認出来ますからね。