12月 ×日(雨)
早いもので今年も残すところあと半月、あっという間の1年でした。毎年年末になると、今度こそはゆっくり休みたいなあ~、と願うのですが、なぜか毎年12月半ばから30日あたりの後半は重篤な疾患を抱えて病院はてんやわんや。
今年もすでに10日すぎから重症のワンコ、ニャンコがぞくぞくとやってきています。
ここ数日は、拡張型心筋症(=おそらく遺伝性)、尿管結石(猫)、膵炎(=なぜかシェルティーに多い)、急性腎不全(シーズー)、胆嚢粘液のう腫(=オペのタイミングが難しい)、アジソンクリーゼ(=最初の処置を誤ると危ない!)・・・、もうなんでもありといった様相。
忙しい時に限って、対応の難しい疾患ばかりが重なってくるから不思議です。
毎年「今年こそは仕事の緊張から解き放たれて、静かに安らかな気持ちで年末年始を過ごしたい!」と願うけど、この仕事をしているかぎり、そんなワガママは許されないのかなあ。
11月 29日(曇)
今日は大野先生(=東大内科准教授)の講演を聴きに、都内まで出かけてきました。大野先生の講演はいつもながら盛況で、人気の理由はなんといっても、最新の知見を踏まえて建前ではなくホンネで講演してくれること。
たとえば従来の学術書などでは慎重を期して
「疾患Aの診断にX線検査はさほど有効でない」と記載されるところ、大野先生の講演では、はっきりと
「疾患AにX線検査はほとんど無意味」、
さらに
「ここはエコー検査が勝負を分ける!」
とまで言い切ってしまう。
ところでホンネを話してくれるという意味では、整形外科で有名な○山先生も人気があります。○山先生はあくまで個人的な質問に答える形でしか教えてくれませんが、親しくなると、さまざまな手の内を披露してくれます。桁違いの臨床経験に裏打ちされているだけに、その内容がためになります。
たとえば、ある手術に際し、
「神経Aと神経Bは命がけで保護しなればならない。傷つけると術後重い後遺症が残るから。」
「神経Cと神経Dは出来るだけ保護すべき、ただし、もし誤ってダメージを与えても、術後障害を生じる可能性は低いから動揺しないこと。」
「神経Eは保護するに越したことはないが、最悪切れても臨床上障害は生じない。思い切って仙腸関節にスクリューを打ち込むべし!」
といった調子ですべての指示が極めて明快。
単なる医学知識や情報の収集だけならテキストを読めばよく、わざわざ手間暇かけて遠くまで出かける必要はありませんが、このように「生きた知識」を吸収できることこそ、学会参加の醍醐味だと思う。
11月 ×日(曇)
山崎豊子の最新刊「作家の使命、戦後の私」を読んでいたら、かつて愛犬を事故で亡くされたことがエッセーに描かれていました。お話そのものは昭和30年代後半、まだ動物病院が全国的にもかなり少なかったころの出来事です。
動物病院が少ない頃・・・とは言っても、そこは大阪、国内第二の大都市ですから、すでに近隣に動物病院が複数あって、かかりつけの先生はK獣医科病院のK先生だっという。
驚きました。K先生、今ではこの業界で知らない人はいない超有名人ですが、すでにその当時から辣腕をふるわれていたんですね。エッセーそのものはちょっと悲しい話ですが、最後に発せられたK先生の言葉に救われました。私とは親と子ほどの年の差もあってもちろん面識はないけど、さすがK先生だと感心しました。
ところでこのK先生がなかなかのアイデアマンで、自身でさまざまな医療器具を開発して特許も取得されています。私の記憶が正しければ、たしか獣医療発明学会の役員もされていたような気がします。
このような「個性的でユニークな先生は、なぜか関西から西日本にかけて多い。一言で獣医師といっても、結構地域性があるのだ。
11月 ×日(曇)
今日は休診日。休診日とはいえ入院患者がいるときはまず病院を離れられませんが、久しぶりに入院患者がゼロとなりましたので、思いきって有乳湯(=”うちゆ”と読みます)温泉に行きました(^_^)v。
ここは上田市の隣、青木村にある温泉で、開湯の歴史は古く平安時代にまでさかのぼるとか。温泉は2つの源泉からお湯を引いており、湯船と上がり湯で色が異なり、温泉ファンにはうれしいかぎりです。当然加温加水もなく、温度はやや低め。おそらく38度前後といったところでしょうか。
熱い湯が苦手なワタシには丁度よい湯加減。不思議なことに、低温であるにかかわらず、骨髄までじっくり温まります。事実入浴後も半日はポカポカと体が温かい。周りの建物も明治の面影を残して大変風情があり、まさしく私の好きな”古きよき日本”。
お湯を上がったあとは、帰りがてら上田市の「熊人」でラーメンをいただきました\(~o~)/。ここは全国的にも名の知られたラーメン有名店。ただ、場所が非常にわかりにくい。よく商売が成り立つなあ、と思えるほどの辺境の地。でも味がずば抜けてよいだけに、全国からラーメン通や玄人スジが足繁く通うという。
商売は第一に腕、第二に場所とは、昔の商売人はうまいことを言ったものです。
10月 ×日(曇)
今日は日本猫のゴンタ君(♂、9歳)が検診にやってきた。ゴンタ君は現在糖尿病をわずらっており、自宅で飼い主さんに注射をしてもらっています。というわけで、今日はゴンタ君の検診日。
ヒトの糖尿病はいまや国民病といわれるほどメジャーな疾患ですが、一方猫の糖尿病は犬に比べて少ないけど、それでも近年よく診る疾患です。獣医学的には、高齢・雄猫(♂)・肥満が3大発生要因とみなされています。
ところでこの猫の糖尿病は不思議なことに、インシュリンによる治療を開始してから数ヶ月で寛解することがあります。早い話がインシュリン投与が不要になるんです(=猫の一過性糖尿病)。こんなことって、ヒトや犬ではありえない!
なぜ猫でこのようなことが生じるのか、実はよくわかっていません。ただ、このまま治ってしまう猫がいる一方で、数年後に再発する猫もいて、その詳しいメカニズムは現在学会でも諸説入り乱れており、統一した見解はありません。
ネコ科の動物は生理機能がヒトや犬とはかなり異なるので、なにかまだ未知の機序が存在するのでしょう。
10月 ×日(晴)
本日午前は通常の診療をこなし、午後はJAHAの主宰する「神経外科セミナー」に行ってきました。東京会場は高田馬場にある某ビル会議室。講師はコロラド大学のカーティス先生、著名な神経外科の専門医。
講義内容は脊椎や頸部の椎骨に穴を開けたり、骨セメントを使用したり、大きな窓を作ったり、ピンで椎骨同士を連結したり、といった外科分野でもかなりマニアックな内容なので、きっと参加者は少ないだろうと思っていましたが、以外や以外、会場には200人くらいいて、この盛況ぶりには私もちょっとビックリ!神経外科は高度なテクニックを要する難しいものだけに、参加者の旺盛な学習意欲が肌で感じました。有意義な講義内容にホント満足\(~o~)/。
ところで久しぶりに都内に出たので、セミナー終了後は新宿ねぎしで牛タン定食を食べてから、帰路につきました。すこし遅い夕食になったけど、おいしい食事にこれまた満足 \(~o~)/。
クタクタになって帰ってきたら、このような日に限って夜間の急患2件。仲間内ではよく言われていることだけど、つくづく獣医師は肉体労働者だと思う。
10月 ×日(雨)
見た目がすべて・・・番外編
見た目がすべて・・・とまではいかなくても、見た目でかなり判断できる検査があります。超音波エコーによる診断です。
ヒトの場合は超音波エコーによる検査・診断の歴史が長く、十分な臨床データの蓄積と豊富な経験則から、肝臓の病変などは専門医では、エコー上での観察だけでかなりの精度で腫瘍のタイプまで判別できるという話です。
一方獣医学の分野では、エコーが普及してまだ20年くらいなのでデータの蓄積量が十分でなく、残念ながら、まだまだ見た目がすべて・・・とまではいきません。(もちろん、見た目で即診断が下るものもありますが)。
そこで汎用されるのが、「超音波ガイド下バイオプシー」という技術。はやい話が、エコーのディスプレイ上で特定の臓器や病変を確認しつつ、同時に針を刺してその組織を採取して病理診断にまわすという方法。
イメージとしては、イラク戦争における米軍のピンポイント爆撃に近いものがあります。エコーで目標を定め、キーボードにあるバイオプシーのボタンを押すと、ディスプレイ上に捕らえた目標に向かって目標までの誘導ラインが現れます。
目標までの深度と距離を確認したうえで、今度は定められた角度で体の中心に向かって慎重に針を刺して行く。太い血管や門脈などに当りそうなときは、改めて針を入れる部位を少しずらして出血を回避。最終的に目標に達したら、バイオプシー機器のボタンを素早く押す。これで完了。これを考えた人はほんとうにアタマがいいと思う。
最近は学会などで画像診断といえばCTやMRIばかりですが、個人的には超音波エコーによる検査好きです。エックス線のように被爆を心配することなく、何度でも確認出来ますからね。
10月 ×日(晴)
見た目がすべて・・・②
「見た目がすべて」という分野が、獣医学にはもうひとつだけあります。臨床からはちょっと離れますが、病理学の世界。
「病理学とはすなわち形態学である」とは、たしか近代病理学の祖にして世界的な病理学者ウィルヒョー(ドイツ)の言葉だったと思う。
学生時代、病理のN教授には実習でしごかれたものです。
N教授:「菊池君、暴走族を見たことあるよね?」
私:「はい、よく夜の湘南にたむろしています。」
N教授:「なぜ彼らが暴走族とわかるんだね?」
私:「え、・・・でも、見るからに暴走族なんで・・・」
N教授:「そう、そこが大切。暴走族は暴走族らしい姿格好で暴走しているからこそ、暴走族なのだ!コタツで静かにミカンをむいていたらどこぞのいい息子で、誰も暴走族とはいわない。
ただし、観察眼を鋭くしてみていたら、その仕草や髪型から、ひょっとするとこいつはただものじゃない、暴走族もしれない、くらいの想像はつくだろう。」
私:「どういうことでしょう?」
N教授:「つまり病理診断もこれとおなじこと。基本は細胞の形態観察からその細胞の振る舞いを読みとること。見るからに悪性腫瘍という細胞が観察されれば診断は容易だが、一見悪性には見えなくとも、実は悪性ということもある。もちろんその逆の場合もある。そこに病理診断の難しさがある。この判断の難しさこそが、みなが病理嫌いになるところ。」
たしかに基礎医学系で病理学はもっとも難解な科目です。
N教授、病理学の大家だけに例え話がスゴイ。以前は暴走族を見るたびにN教授の顔を思い出したものですが、さすがに最近は暴走族自体が減ってしまい、思い出す機会もめっきり減ってしまいました。
なんだか、少し淋しい・・・。
10月 ×日(晴)
見た目がすべて・・・①
以前「人間は見た目が9割」みたいな本が話題を集めたことがありましたが、じつは獣医師の診療の現場で、まさしく「見た目がすべて」を実践している分野があります。
眼科です。眼科診療は基本的に肉眼での観察(=といっても、後述する光学機器を通しての観察です)が基本です。
眼の構造や成り立ちは体のほかの部分と比べて極めて特異的であり、じつは”眼科診断の3種の神器”といわれる、双眼スリットランプ・額帯式の双眼倒像鏡・トノペン(眼圧測定器)の使用により、まず9割以上の確率で正確な診断が下せます。
ところがこの”3種の神器”、あまり普及していません。業者によれば全国的な普及率は20%くらいだとか・・・。
都内のように眼科専門医が多く存在する地域なら、かりに”3種の神器”が院内になくても近隣の専門家に紹介すれば済みますが、それ以外の地域(=むしろ、都内のような地域が珍しい)ではそうはいきません。正確な診断を下したうえで治療をおこない、より高度な処置を必要とするものであれば、臨機応変に専門医もしくは大学病院を紹介することになります。
地方都市では眼科診療の割合が比較的少ないうえに、一方で”3種の神器”購入はやっぱりそれなりの高額投資になりますから、病院経営の面から見たら、今後もこれらの機器の普及は難しいのかもしれません。
個人的には、「見た目ですぐに正しい診断が得られること」、「早期治療で視力を失わずに済むケースが多いこと」を考えると、まったく高額投資ではないと思っています。
というのも、正しい診断がなされない為に、正しい治療がなされずに苦しむワンコが田舎では意外なほど多いのです。
先日も緑内障で失明し、さらに痛みがひどく食欲まで減退したクッキーちゃん(柴犬、10歳、♀)がやってきましたが、かかりつけでは結膜炎の治療をしていたということでした。
少なくとも最初の病院で眼圧を測定できたら、鑑別診断として緑内障も考慮したのではないかと悔やまれます。クッキーちゃん、本当に残念 (-_-;)。
10月 ×日(晴)
今日はシェルティーのミカンちゃんがやってきた。
ミカンちゃんは現在移行上皮癌(TCC)という膀胱頸部に生じた癌の治療中です。
この癌は非常に治療が難しく、いまだに治療プロトコールが確立されていないもので、唯一その効果が認められている薬物療法がピロキシカムという消炎剤の投与。
外科手術にも限界があり、放射線療法にも反応せず、強力な化学療法剤にも圧倒的に抵抗力を示すワンコのTCCに対して、なぜかピロキシカムという人間用の抗炎症・鎮痛剤がよく効くのである。確かに効くけど、どういった仕組みで効くのかわからない不思議な薬。ワンコに効くことから、改めて近年米国でヒトのTCCに対する臨床データの収集が始まったと言われる変り種。
ただ、やはり癌は癌ですから、このお薬長く使っているとやっぱり効きが鈍くなってきてしまい、ミカンちゃんの場合もこれが目下の私の悩みの種。
来月大野先生(=東大内科准教授)に会う予定があるので、今後の治療方法について直接意見を伺おうと思う。がんばれ、ミカンちゃん!